2010年12月9日木曜日

Bernard Tschumi

さて、今日は建築シリーズ第3弾、ベルナール・チュミ(Bernard Tschumi)のお話。 ベルナール・チュミは、私がインテリアデザイン科の卒論に選んだ一人。今読み返してみるとかなり恥ずかしいんですが、私の卒論は「脱構築主義建築の解明:センセーショナリズムはデリダの理念を騙ったのか?」(Interpreting Deconstructivist Architecture: Has sensationalism arrogated Derrida's principle?)と言う大仰なタイトル。(笑) 要するに、『脱構築(déconstruction)』を代表すると言われるベルナール・チュミとダニエル・リベスキンドの建築を通して本当に脱構築の理念が建築を通して伝わったのかと言うことを検証したかったんですね。
「そもそも『脱構築』って何?」ってはなしですよね。 本当にざっくり説明すると「作品等の細部にわたる文脈分析、並びにその作品に対する評論自体を評論をすること」で、本当に分かりづらいんですが(苦笑)・・・ 「額面でそれを理解したと納得するんではなく、繰り返し読み込むことで事の本質を探ろう」、そんな感じです。 1980年代に哲学者ジャック・デリダの提唱した『脱構築』に影響を受け、何名かの建築家がこれを建築に取り入れる試みをしました。その中のベルナール・チュミは、特にデリダとの距離が近かった人物かもしれません。そこから生まれてきたのが『脱構築主義建築』。
実際にチュミは、ラヴィレット公園のプロジェクトにおいてデリダとコラボしました(計画の後半からではありますが)。センターピースには『シテ科学産業博物館(Cité des Sciences et de l'Industrie)』があり、その周辺には彼の作品である『フォリー』が規則的に点在しています。(それにしても、卒論の時にはラヴィレット公園の広報課の方がわざわざ資料を郵送してくれて、本当にありがたかったなぁ。一部はフランス語で、分からなかったけど。(笑))
で、チュミの建築の特徴はと言うと、それまでの建築の考え方からは予測しづらい面や線や点(今ではそうも感じないけど)、隠されるべき物を見せるなどその当時では衝撃的だったと思う。でも他の脱構築主義建築家と言われるハディッド、リベスキンド等に比べるとかなり落ち着いている。 建築とはどうあるべきか、機能性と非装飾的であることを良かれとしてきた近代建築に対して一石を投じたという意味では非常に意義があったのかも。
実際に卒論後、クラスメートとパリを訪れたときにも行ってきました。雨曇りの空の下って事もあったけど、自分が思うほどのインパクトはすでに失われていました。何せね、ハディッドやリベスキンドの方がよっぽどセンセーショナルだからね。(笑) でもチュミデリダが一番大事と考えたのは、このプロジェクトを通して「物事の本質は何か?」と言う疑問を投げかけることだったはず。パリジャンにはメッセージが伝わったのかな?
それにしても、パリジャンの懐の深さを感じます。『グラン・プロジェ』のようなことが出来る都市は他になかなか無いですね。行政の大胆さと、アートや哲学に対するキャパがないと、こんな事は出来ないよ。
Folly at Parc la Villette
ラヴィレット公園内にある『フォリー』の一つ。これ自体は、コンスタンチン・メーリニコフの「パリ万国博覧会(1925年)」のソヴィエト館からインスピレーションを受けたとのこと。
点と線と面の絶妙なバランスが、時を経て今も進化し続けているのかもしれません。

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