2011年10月1日土曜日

観光ジョグ~浜松城ツアー~

今週の木曜日、妻がアロマの研修に行くことになっていたので、私は有給をいただいて運転手をかってでました。とはいえ、研修は朝10時から夕方の6時頃まで。それまでぼーっとしているわけにもいかない。せっかく浜松に行くんだったら走ろう、ということで観光を兼ねて浜松を走ってきました。 ルートはある程度決まってまして、中区和合のスーパー銭湯をスタート&ゴールにして、姫街道を南下、浜松城を折り返し地点にして再び姫街道を北上、四ツ池公園を周回して、可能であれば自衛隊浜松基地外周を走るというもの。20km程度になるかな?
妻を9時半ころに研修会場に送り届け、スタート地点のスーパー銭湯へ。 軽いストレッチのあと、ゆるジョグ開始です。あ、そうそう、自衛隊基地周辺は交通量の割に歩道がないことに気づきました。ちょっと危険なので、コースから外すことに。
先ず目指すは古戦場の犀ケ崖。姫街道沿いにあり、浜松に行くときは何度となく通り過ぎているのですが、寄ったことは一度もないのです。場所が場所ですし、駐車できることもないですからね。こういう時に観光ジョグはもってこい。 犀ケ崖、実際に見てみると…ん、舗装されてる?なんでだ?そんなふうなことを考えてたところに、資料館のおじさんに声をかけられました。資料館は無料開放とのことなので、お言葉に甘えることに。中では犀ケ崖の説明ビデオを見せて頂きました。此処って三方原の戦いの現存する唯一の古戦場跡なんですね。で、さっきの崖下の舗装は裂け目が広がり続けてるので安全のために舗装していて、降りられるわけではないんだとのこと。此処に布の橋をかけて武田軍を追い落としたとの話があるそうで、すぐ北に「布橋」って地名がありますが、その逸話から来るそうです。 で、その戦いの戦死者を弔うために始めたのが「遠州大念仏」だそうです。同じ静岡県民ですが、そういう背景があったのは知りませんでした。静岡市、お祭りが少ないし、いまいち盛りあがりに欠けるんですが、そういう時代背景があったからこそ、祭りも違ってくるんですね。
さて、そこから南下して一路浜松城へ。静岡の駿府城が太平の世の城だとすると、こちらは戦乱の世の城。浜松特有の起伏を生かした城の配置で、此処の石垣はすべて築城当時の野面積みの石垣。一つ気付かなかったことなのですが、浜松城って曳馬(引馬)城に隣接して建造されたんですね。それも浜松城の天守からはかなり低い位置で砦程度の規模。信長の野望ではかなり頻繁に目にしていた名前なんですが、ちょっと拍子抜け?(笑) で、肝心の浜松城ですが、いや、機能美溢れた良い城です。もちろん天守は鉄筋コンクリートの模造品ですが、それすらもない駿府城に比べるとかなり見栄えがします。(駿府城の場合、図面がないので再建できないというのが一番の理由のようですが…)今まで見てきた城の中で、石垣については今のところ浜松城が一番のお気に入りですね。この無骨さがいい。 天守の中は展示室になっていて、甲冑のコピー等が陳列されています。最上階では周辺の櫓、堀の配置等の説明写真等がありますが、此処の部分はそこまで時間を割かなくてもいいかな?(市街地のど真ん中で、建物が近すぎるのが浜松城の残念な点かな?)
さて、此処からは先ほど来た姫街道を北上し、四ツ池公園を周回、また姫街道を南下してスーパー銭湯へゴール。距離にして16.7km。結構な起伏が多い浜松の地形は、普段のランニングコースにはない面白さがあって、いい刺激になります。が、左足をかばうばかりになってしまった「長母趾屈筋腱鞘炎」のおかげで、10月はランニングは抑えめにして保存治療の必要が出てしまった。仕方ないか。 ランニングの〆はもちろん銭湯!炭酸泉でゆっくり脚の疲れを取りました。
いやぁ、観光ジョグっていいな。 次はまた何処かの城を巡りながらのジョグをしたいもんだ。
犀ケ崖浜松城の家康像
姫街道を浜松城方面に南下すると目にする「犀ケ崖」。三方ヶ原の戦いの唯一現存する古戦場跡です。若き日の徳川家康が浜松城を守っています。私は隠居時代の家康像に見慣れているので、新鮮な光景です。
浜松城天守
築城当時の野面積みの石垣越しの浜松城。もちろん、コンクリート像の天守なのですが、それよりも何よりも石垣が綺麗。野面積みの石垣は荒々しくて、まさに戦闘のために築かれた機能重視なものなのですが、そちらのほうが城としての存在感が増しますね。

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