2010年10月23日土曜日

「ロボットと美術」展

今日は職場でいただいたチケットで静岡県立美術館に行ってきました。11月7日まで、『ロボットと美術』展をやっているのです。今までの県美の方針から考えたら、画期的なこと。でも、どうやらこの展覧会、青森県立美術館静岡県立美術館島根県立美術館と巡回するようで、元ネタは青森県美
ロボットと美術展
静岡県立美術館で開催の『ロボットと美術』展を見に行きました。やはりこの分野での展覧会は、現代美術館じゃないと難しいかもしれない。

で、フランクに申し上げると、☆一つ。ん~、もうちょっと内容のある、問いかけるメッセージのある展覧会にして欲しかったというのが正直な意見。
第1の展示コーナーではカレル・チャペックの『Rossum's Universal Robots』の紹介を必要以上にしていたために、展示スペースがもったいなかった。確かにロボット(Robot)という言葉の生みの親だから、取り上げるのは至極当然だけど、あれは過剰。で、現代美術のキュビズムをこれに結びつけるのはいかがな物か?キュビズムは近代化、美術の新たな局面を示す物ではあるけれど、人の似姿、人に行使される存在については特に関連性はないはず。
最初のイントロダクションにリラダン(Jean-Marie-Mathias-Philippe-Auguste, comte de Villiers de l'Isle-Adam)の『未來のイブ(L'Ève future)』がちっさく紹介されていたけども、あれこそもっとフォーカスをするべきだったのではないだろうか?押井守監督の言葉を借りるなら、「人間はなぜ自分の似姿を、それもその理想型において創造しようとするのか」(検死官ハラウェイ、映画『Innocence』から)、こういった事こそが追求されるべきテーマではなかったのかな?自らテーマに掲げている「科学技術と芸術、そして私たちの身体観の相互的な結びつきを明らかにしようとする試み」であるならば。
映画『Innocence』の公開にあわせ、東京都現代美術館で同じような展覧会が開催された。その名も『球体関節人形展』。展覧会の骨子になったのは、球体間接人形第一人者であるハンス・ベルメール、そしてベルメールに印象を受けた四谷シモンさんの作品展示もあった。確かin situの作品制作もあったはず。自分も多分に押井監督の影響を受けていることもあるし、今以上にアートの世界に生きていたこともあるので、わざわざ木場まで足を運んだ。 大変申し訳ないけれど、今回のこの展覧会、『球体関節人形展』の足元にも及ばなかった。
まず、テーマがよくわからなかった。 第2展示スペースは、『メトロポリス』関連の作品とかばかり。やはり第1展示スペースと同様、間延びしている感が否めなかった。 第3展示スペースは単にプラモデルのパッケージングアート、プラモデル等。 所々アニメのクリップ、石黒阪大教授のGeminoid HI-1(今は女性型のF型もあるようです)の動作映像などが流れていたが、プレイヤー内蔵型モニターが小さすぎ、またスペックが低すぎて映像がジャーキーになっていた。 オリジナルアニメーションも、何のため、何を伝えたかったのかがよく分からなかった。 単にガンダム初音ミクを展示したいのなら、わざわざマックス・エルンストや四谷シモンを引き合いに出す必要もなかったはず。 なぜ、ポップカルチャーでもわざわざロボットを人型にする必要があるのか?此処を説いて欲しかった。
日本人の歴史をたどっていけば、もっとおもしろい切り口もあったはず。それとか、人はなぜ無機物に対して、無意識に自らの身体との共通性を求める傾向があるのか、とか。なぜ、その似姿は、往々にして若い女性であるのか、とか。 今後のがんばりに期待したい、そう思う展覧会でした。

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