2012年12月20日木曜日

プラスチック協奏曲

妻の妊娠を機に、趣味の一つのプラモデル作りは自粛していました。
何せ接着剤やシンナーなどの匂いが強烈ですし、リューターなんかを利用すればプラスチックのクズがあたりに飛び散りますので(もちろん綺麗好きの私は、最大限の配慮と対策は講じますが・・・)、決して妊婦さんには優しくななぁと。
でも、そもそも工作好きの自分には、何かの作業に没頭する時間って結構大事。
今後子育てが忙しくなるので、触っている暇はますますなくなるのは必至ですが、でもやっぱりプラモデルを作りたい。

RGザクの「グフカス化」は、完全に止まってますし、再開するのはいつになるのかははっきり言ってわかりません。が、そんな状況とは別に、欲しいキットは日々増えます。
今欲しい物はいくつかあるのですが、これまでガンプラ一辺倒だった私も、いろんなジャンルのものを作ってみたいという欲望が出てきました。

そしてつい最近、あるプラモデルを30年越しに入手しました。
『Dr.スランプアラレちゃん』の作中に出てきていた『んちゃバン』です。
当時自分は小学校低学年で、地元・静岡の「新静岡センター」に入っていたおもちゃ屋さんで見かけたキットなのですが、小学校低学年だった私に、当時700円した物は手が届くわけもなく・・・。
その後20年以上して、いろいろなお店を探したりしたんですが、やっぱり店頭にはないし、オンラインで中古キットを取り扱っているお店でもなかなか見かけなかったのです。
が、ヤフオクで見つけて、落札させていただきました。
届いた時の喜びって、半端無かったです。

で、この『んちゃバン』、シトロエンの『H(アッシュ)バン』がベースになっていて、車長を半分位ぶった切って、スライドで中が見れるようにしたキット。作りは・・・もちろん荒いです。ァ'`,、('∀`) そりゃそうですよね、30年以上前のキットですから。
キャラクターの造形も、結構クォリティが・・・(;´∀`)
でも、このキットのユニークな店は、『Hバン』が唯一(ディフォルメ&改変されてますが)キット化されているという点。ないんですよね、こういう車のプラモデル。それだけでも、価値があると思っています。(軍用車両、民生用スポーツカーはタミヤさんとかアオシマさんがリリースしてますけど、民生の業務用車両は日の目を見ないので・・・)
作るとするなら、スライド伸縮機能を排除して、中身も他のキットを利用し、作りこんで、キャラクターももう少し何とかしたい、とそんなことを構想中。
気長に資料収集、設計していきたいと思います。
んちゃバン中身
自分が小学校低学年の時、喉から手が出るほど欲しかったなつかしプラモデル『んちゃバン』。ヤフオクで入手できる日が来るとは…。 中身は…それはそうですよね、1981年の頃のキットなので、作りは荒い。ある意味で、この頃がプラモ黎明期言うべき時代。

それと、もう一つ買ってしまったのは、やはりガンプラ。MG『武者ガンダムMk-II 徳川家康Ver.』です。ガンプラとしては、今まで手を染めて来なかったジャンルですねぇ。
自分が正統派ガンダムと認めているのが、『ファースト』、『Z』、『0083』、『08小隊』、『CCA』、『UC』で、それ以外は映像はもちろん、プラモデルに触れることはありませんでした。
自分的には、『ZZ』はメインのMSデザインがゴツすぎる&子供向け&主人公が嫌だし、『SEED』2部作は『ファースト』と『Z』の作り直しにしか見えないし、『W』は女子向けすぎるし、『G』は格闘技すぎるし、『∀』はシド・ミードすぎるし。(;´∀`)
(もひとつ意見を言うと、そろそろガンダム卒業して、富野御大がご存命中に、新たなシリーズ始めればいいじゃんと思います。「スタートレックシリーズ」みたいな展開ができないんだったら。本人も、「ガンダム」から気持ちは卒業されているようですし・・・)

そんな感じなので『武者頑駄無』は、『パーフェクトガンダム』くらい「ありえん!」ていう持論でした。ですが、郷土愛でしょうかねぇ、『久能山東照宮』に奉納されている『徳川家康Ver.』は欲しいと。ァ'`,、('∀`) 
もともとガンダムのデザイン自体が日本甲冑から来るわけで、このキットはそれがよく分かる。ある意味、先祖帰りしているというか。
あ、背中のライフルはいらない気がするけど。ァ'`,、('∀`)

どちらも、作成はお預けで、数年箱積み状態になるかと思いますが、作ることを想像すると、わくわくしますね。多分、他にも増えると思います。欲しいキットは、まだまだあるので。(『1/35 FF-X7 コアファイター 』とか・・)実際、作ってないキット他にもありますしね。
お城も作りたいし、駿府城がキット化されればいいんだけどね、さすがに資料が一切残っていな天守閣だから、難しいかぁ。

Omega Seamaster De Ville

2月の妻の妊娠から始まり、12月には娘が生まれて、2012年は色々イベント盛りだくさんでした。そんな2012年も、気付けばあと2週間ほど。
時の経つのは早いものです。
時といえば、先月とあるお店との出会いがありました。
タイトルから勘の鋭い人は分かったかもしれませんが、そう、時計屋さんです。

まぁ、一般的には電池交換くらいしかお世話になることがないですし、かく言う私もそうでした。それも、妻の時計の電池交換。今回、ふらっと立ち寄ったのも、同じ理由でした。

その時計屋さん、駿河区馬渕にある『クボタめがね時計店』っていうレトロな感じのお店。(外観だけだと、街角でよく目にする古くからやっている時計屋さんですね…)店内に入ってみると、なんだか特設コーナーが出来ていて、『グランドセイコー』がずらり。(逆に、メガネがほとんど取り扱われていなかったというか…)
どうやらここの店主は「一級時計修理技能士」で、静岡では唯一とのこと。これらの『グランドセイコー』も、これまでコレクションした物をレストア、展示しているそうで…。(非売品という事なので、あしからず…)

そこで思い立ったのです、祖父から譲り受けたオメガの修理を。
実は、生前祖父が大事にしていた『オメガ・シーマスター・デ・ヴィル』を形見として頂いたのですが、1年ほど前にゼンマイが切れたらしく、巻いてもまいても巻き終わらない。本来巻き終わる位置で「スカっ」とゼンマイが空回りしてしまっていたので、先端の部分が切れてるんだろうなとは推測してましたのです。
なぜここまで放置していたかというと、修理してもらいたいと思う出会いがなかった事と、それからお金の問題ね。

実際にご主人に見て頂き、割れて傷だらけの風防とケース、切れたゼンマイ、それからレザーベルトを交換して頂くことになりました。(尾錠も後日交換することに。)
何せ、古い時計ですので、部品もレア、部品取り寄せと修理&調整に時間を要するということで、オメガは2週間ほど入院することになりました。

その時に分かったことですが、この『シーマスター・デ・ヴィル』、おそらく64年頃に購入されただろうという事、当時の大学初任給の4倍ほどの金額(?!)だっただろうこと、そして平成11年に一度オーバーホールを受けていた事でした。(母型の祖父は洒落者だったので、頷けます。)

で、この時計について何か分からないかとオメガのHPを調べていたら、たどり着いたのが、Cal. 610もしくは611の『1962年製シーマスター・デ・ヴィル インターナショナルコレクション』であろうという事でした。Cal.番号は実際に目視で確認していないので、定かではないですが、『シーマスター・デ・ヴィル』で手動巻き&デイト付のこのデザインは、これしかない模様です。ただ、このスペックによると、蓄光インデックスってことになってるんだよなぁ…
で、ご主人に丁寧に修理&調整して頂き、『シーマスター・デ・ヴィル』は12月開けて退院してきました。

割れと傷だらけだった風防もすっかりきれいになり、ゼンマイもしっかり巻ききれるように。(私の予感は当たっていたようで、先端の部分が5mmほどちょん切れていました。)本来はワニ革のストラップですが、ネイビー牛革のパターン押しのモノにしてもらいましたが、見違える美しさ。
機械式時計特有の時間の遅れも、全く気にならない範囲で調整してくださいました。(こだわりのご主人で、1日の遅れを15秒以内にできるまで調整してくださいました。)
やっぱり職人さんの腕はすごいなぁ。
交換した部品
今回ご縁があって修理の依頼をした「久保田めがね時計店」。腕の良い職人さんに修理して貰えて本当に良かった。 今回交換することになったパーツの一部。ゼンマイは、見事に切れちゃっていました。

この時計、長く大事にして、いつか娘の旦那さんにあげられればなぁ、と妄想しています。(それまで、パーツが残っていると良いのですが…)
resurrected
復活して帰ってきた『オメガ・シーマスター・デ・ヴィル』。祖父と40年近く共に歩んできた時計、これから先20年ほどしたら、婿さんの腕に巻かれてくれると良いなぁ。

2012年12月11日火曜日

Happy Birthday

いやぁ、また久しぶりにブログ更新に大穴開けてしまいましたが、それもそのはず、待望の第一子が我が家にやってきたのです。

結婚して5年、欲しい欲しいとは言っていたものの、なかなか子供を迎える準備が整っていませんでしたが、経済的にも精神的にもその準備が出来たところに、やってきてくれました。
出産予定日は11月23日でしたが、これはあくまで予定日。
実際の出産は12月2日となりました。

今回、地元助産院での出産となりましたが、ベテラン助産師さんも体験したことのない、異例尽くしの出産でした。

まず、陣痛が微弱で、陣痛促進剤投与が早い段階から必要となりました。
どうやらあーちゃんが、39週頃からお腹の中ですくすく育ち、大きくなっていた為、子宮筋が伸びすぎてしまい、陣痛の際の収縮が十分でなかったようです。(自宅では3分強の間隔で陣痛が来ていたのですが、助産院ではリラックスしたのか、その倍になっていた事も一因のようです。)
促進剤投与に躊躇していた時もありましたが、妻のケースでは正しい判断だったと思います。

それからもう一つ、あーちゃんの背が予想以上に高かったこと。
助産師さんが「こんなに長い(背の高い)子は見たことがない」と言われるほどで、確かに脚が長かったです。生まれた時点で53cm+、折り曲げたひざを伸ばしたらプラス3~4cmはありそうでした。(生後1週間で、すでに新生児用のコンビから足がにょっきり出ています。手は、出てないんですけどね。)

最後にもう一つ、それが胎盤でした。あーちゃんと妻をつないでくれていた胎盤が、あーちゃんが生まれても、なかなか出てきてくれませんでした。
胎盤は、通常、陣痛時の収縮で子宮壁とつながっている毛細血管が閉じて、自然に剥離、出てくるものだそうなのですが、これが一部剥がれずに子宮壁にくっつていました。助産師さんが追加で陣痛促進剤+生理食塩水(ビタミン剤入り)を投与しながら、胎盤が剥がれない場所をマッサージしてくれていたのですが、出産のときよりもよっぽど痛かったようで、悲痛な叫びを繰り返していました。結局、あーちゃんが生まれてちょうど2時間後、立派な胎盤がやっと出てきてくれました。

出産での妻の体力消耗&出血はけっこう激しく、結局十分な回復に至るまで4日ほどかかりました。それでも、歩くのはきつかったようですが…。1週間経って、肉体的な部分はほぼ回復しているようで、ほっと一安心です。
とは言え、産後の肥立ちが大切ですから、妻とあーちゃんは里帰り。ゆっくり体を癒してもらいたいと思います。

とにかく、無事生まれてきてくれたあーちゃんと、あーちゃんを生んでくれた妻に感謝です。
ほんとうにありがとう。
あーちゃん
私たち夫婦の間に生まれてきてくれました。おっぱいとミルクを飲んで、すくすく成長中です。若干顔が丸くなってきたようですが、私と同じ様に1ヶ月で体重が倍になると言うことだけは、避けてもらいたいなぁ。( ^ω^ ;)

それにしても、子供って癒されますね。疲れが吹っ飛ぶって、このことなんですね。(∀`*ゞ)テヘッ